思考錯誤

細かいことを気にしてしまう

個人的国内外チェスニュース7(8~9月分)

 

 

【国外1】W杯、遂にCarlsenが優勝

1 概要

 W杯はチェスでは数少ないノックアウト方式の大会で、トーナメントを勝ち抜けば優勝という明快なシステム。このシステムゆえ、過去にも様々なドラマや新鋭選手の活躍があった。トップSGMからマスター称号のない選手まで、一定の基準で選ばれた様々な選手が参加。日本に関連する参加選手などは、日本チェス連盟の以下のページ(下部)にまとまっている。

FIDE World Cup 特設ページ | 日本チェス連盟

2 Tuさんのゲーム

 直近のオリンピアードの成績をもとに日本からW杯に初出場。オリンピアード選手のうち、5月の全日本選手権の成績をもとに、出場者にはTuさんが選ばれた。Tuさんの現地やSGMらとの写真は日本チェス連盟のサイトに掲載されている(リンクは上のと同じ)。 

 初日は白のTuさんのプレパレーションが生きる展開になったようだが、時間をかけつつも対応を誤らずにドローに収めたParavyan、これが2600クラスのGMかと私も画面越しに感嘆した。

 2ゲーム目はTuさんのSicilian Kanに対し白が端ポーンを早々突く手で、研究勝負というより、その場でいかに自分の研究や経験との比較検討&ポジショナルな考え方を構築できるかという勝負だろうか。優位に立ったParavyanだったが、Tuさんの渾身の勝負手が通り、一時ほぼ互角になった。しかし、Tuさんの誤算を見逃さなかったParavyanに軍配が上がった。

 0.5-1.5で敗れてしまったものの、国内チェス界でも盛り上がりがあっただろうし、今後また日本の選手が大きな大会に出場する礎になるだろう。

 

【日本代表応援】FIDE World Cup 2023 Round 1 Day 1|2023.07.30 - YouTube

 

3 オープンではCarlsen、女子はGoryachkinaが優勝

 タイトルを総なめにしてきたCarlsenだが、意外にもW杯は3位が最高順位だった。そして今大会、遂にCarlsenが優勝を手にした。Ivanchuk(ウクライナ)をはじめとした強豪選手を破り、決勝ではインドのPragに勝利した。トーナメント途中ではドイツの若手SGMであるKeymerにノックアウト寸前まで追い込まれたが、踏みとどまったのはさすがのCarlsen

 女子ではGoryachkina(FIDE)がこちらも初優勝。何度も危ない局面になりつつも、勝負手、決め手を与えない指し回しで土俵際でふみとどまった。

 両優勝選手は、新進気鋭の勢いある選手に勝っての優勝で、実力を見せた。

4 その他:個人的注目選手

 MVLはウズベキスタンの期待の若手の一人であるShindarovに敗れ、個人的には残念だった。Shindarovも遠からず2700を超える選手だろう。Shindarovはアタッカータイプのチェスをするので、今後も盤上の殴り合いをみてみたい。

 ドイツのBluebaumは、Titled Tuesdayというオンラインで毎週行われている大会でコンスタントに好成績を残しており、ヨーロッパチャンピオン経験者でもある。彼はTuさんを破ったParavyanに勝ち、インドのViditとブリッツまで激闘を繰り広げた。

 女子部門につき、オランダのRoebersは直前の別大会でも好成績を残しており、上り調子であったところ、その勢いを維持して勝ち上がった。評価値的な観点ではなく、「魅せる」とか「華のある」チェスの一つだろう。

 

【国外2】FIDE World Rapid Team Championship

 スーパースターばかりのチーム戦。ただ、一味違うのがアマチュアボード枠。錚々(そうそう)たるメンバーと並んで、大会スポンサー企業のCEOらが対戦し、その結果がチームの勝敗を決することもある。真剣勝負とエンターテインメント性が併存した大会だ(私も大富豪になってこの並びに入ってみたい…)。

 力強い指し回しをしたNepo、W杯の勢いのまま参加したPragなどがメンバーのWR Chessチームが優勝した。筆者は流行り病で動けなかったので、リアルタイムに色々確認できず残念だったが、以下のようなニュース記事を見るだけでも迫力を感じる大会だ。

WR Chess triumphs as inaugural FIDE World Rapid Team Champions

【国外3】その他

 British ChampではAdamsが無敗で優勝するなど、W杯の裏でも、SGMクラスが多く参加する大会があり、非常にアツい夏だった。W杯で敗れてしまった選手も、ヨーロッパやアジアの大会にそのまま参加するなど、さすがのストイックさ。

 

【補足】チェス国籍の移籍(興味がない人はスキップ推奨)

 日本語のコンテンツとして触れられているものがわずかであるため、個人ブログという位置づけを活用して私が書いてみようと思う。違う点などあればツイート等でご指摘ください。

1 チェス国籍

 昨今、様々な事情でチェス国籍を移籍する選手がいる。チェス国籍とは、法律などの国籍とは異なり、チェスプレイヤーとしての所属地(所属協会)というイメージでいいだろう。一般的なスポーツプレイヤーでも、自分が育った国とは別の国で代表選手になることを目にするが、それと似たようなつくりかもしれない。

 チェス国籍に関し、特に近年では戦争の影響がある。FIDEは現在2か国の国旗を掲示することを禁止しており、当該国の選手は大会参加する場合は、基本的にFIDEの旗で参加することになっている。

 FIDEの旗を使った従前の例としては、現在フランスの選手で当時イランの選手であったFirouzja Alirezaのケースがあった(※概要としては、イランの選手はイスラエルの選手と対戦することが禁止され、もし当たった場合は事実上棄権することになる)。FIDEの旗は何等かの事情で出場が困難だったり問題があったりする選手が、大会に出場できるようにするための救済的なものである。

 加えて、今回の件についてFIDEのレーティングリストを観ると、①大会ではFIDE旗で参加しているが当該国の国旗が表示されている選手と、②レーティングリスト上でもFIDE表記になっている人がいる。①の選手はSNS等を見ていてもスタンスは人によるという感じだが、②の選手は現状につき中立を明示している選手であろう。

 なお、国旗を掲示しない等の形式は国際的スポーツ統括団体が採用している方法の一つであり、稀有なものではない。例えば、テニス(ATP)では、当該国の選手は国旗のない「個人としての参加」として大会参加を認めている。

2 移籍金と臨時措置

 そもそも、トッププレイヤーに関してはチェス国籍は無条件で変更できるものではなく、移籍にあたっては高額の費用を移籍前の所属地に支払う必要がある。例えば、So WeslyやLevon Aronianはいずれも現在はアメリカ選手として活躍しているが、以前はフィリピンやアルメニアの選手として活躍しており、アメリカに移籍している。

 そして、1で述べたの現状に関連し、一定の条件を満たした選手はヨーロッパへの移籍金の支払が免除されるという臨時措置が設けられた。

 この措置に基づき、チェス国籍の移籍が増え、強豪マスターが続々と各国に移籍している。例えば、2021年女子W杯優勝のKosteniuk Alexandra(レーティング女子7位)はロシアからスイスに移籍。同じくロシアの選手であるFedoseev Vladimir(レーティング61位)はスロベニアに移籍。最近では、イングランドにVitiugov Nikita(2700オーバーのSGM)が移籍した。すでに10人近くがこの制度を用いて移籍している。

3 さいごに

 チェスは国際的な競技としての魅力がある一方、政治的事項と全く無関係には進められないという難しさも一面では存在する。上記に述べたほか、先日のW杯でも開催地を危惧したアルメニア及びアルメニア出身の選手が出場を辞退した。多くのプレイヤーが盤外のしがらみのない状態で対局できる世界になることを祈るばかりだ。

 

【国内1】女子・シニア選手権

1 女子選手権の優勝は坂井さん

 女子選手権は、オリンピアード代表選考も兼ねている。坂井さんが6戦全勝で圧巻の優勝。坂井さんは過去に何度も日本代表として出場している選手だが、女子選手権は初優勝のようだ。内容も配信を観た限り、他の選手の追随を許さない手堅い指し回しで、実力を示しているように見えた。

 2位の三津山さんは前年の優勝に引き続き活躍し、若くして日本の女子トップを担っている(※昨年の優勝で2024年のオリンピアード女子代表は内定している)。山田選手など配信ボードに登場した選手は初戦で格上に良いところまで迫っており、今後のさらなる活躍に期待だ。

全日本女子チェス選手権2023 -結果 | 日本チェス連盟

2 シニア選手権の優勝はJonesさん

 FMのタイトルを持つJonesさんが無敗で優勝。去年のチーム選手権にも出場していた方で、80代(!)の方のようだが、チェスは年齢では判断できないことを証明している。

 なお、チャンピオンの称号はチェス日本国籍者に与えられるため、優勝者(Jonesさんはチェス国籍はアメリカ)とは別に2位の真鍋さんがその称号を得る。筆者も現地で1日だけ観戦したが、レート格上にドローを取ったりアップセットしたりするゲームがいくつもあり、見応えのある展開だった。

 

全日本シニアチェス選手権2023 -結果 | 日本チェス連盟

3 その他

 今回、配信ボードが4つ(女子2、シニア2)で、普段は配信ボードに中々登場できない方々もおり、当事者も観戦者も新鮮だったのではないか。配信に使うDGTボードは円安の影響もあってお高くなっているので、買うのは大変だろうが、現状できることとして少しでも多くの対局が公開されることはありがたい。

【国内2】全日本チームチェス選手権(全般)

1 概要

 昨年は感染対策による制限もあり、観戦などが制限されていたが、久々のチーム戦ということもあってか盛況だった。今年はさらに規模を拡大し、全48チームで200人以上の選手が参加。おそらく過去最大の国内チェス大会だろう。会場もきゅりあんの大きなホールを丸々使う、海外大会でよく見るスタイルだ。

2 スリルのあるチーム戦

 開始前に公開されたChess-Resultsのメンバーリストには、突出した2チームが結成されていた。リスト1のOsaka Club A(平均2262)とリスト2の8×8 Blunders(2104)が平均レートが突出し、4番ボードまで2000クラス。そして、当日は4人チームのBlundersの方が一人病欠をされたこともあり、多くの人がマスター4人を含む大阪Aが問題なく優勝すると思っていただろう。

 しかし、実際は最終戦まで3チームに優勝の可能性がある状況になり、チェス及びチーム戦のスリルを観ている方々も味わえたのではないか。最終的には勝った方が優勝となるカードで大阪Aが慶應OBチームを破り、貫録の優勝。

 

全日本チームチェス選手権2023-結果 | 日本チェス連盟

3 運営の方々に対する感謝

 規模の大きい大会の運営は、準備から当日まで非常に骨の折れるものだ。私も、ほぼボランティア状態で、別の競技の運営をやったことがあるが、明示的に感謝される機会が少ない一方、しっかり行うのが当たり前という参加者の目線もあり、思った以上に大変だった経験がある。

 日本チェス連盟に関しては、以前にボランティアスタッフを募集していたことを考えると、仕事や学業をしつつ運営の仕事もしている人が支えているはずである。日本でよりメジャーな競技(例えば囲碁将棋)では、会社でいうところの従業員が一定数おり、日々暮らせる程度の収入も得ているのと比して、チェスでは各スタッフの義務感や日本チェス界を良くしたいというモチベーションによって支えられている部分が多いはずだ(連珠などもそうなのかな)。

 そんな中で、チーム戦という大規模で様々な層が集まる、真剣でありつつもお祭りのような大会を開催されることに感謝が尽きない。