思考錯誤

細かいことを気にしてしまう

将棋プレイヤーがチェスを強くなるために気を付けたいこと(チェス記事)

 

0 契機

 一般に似たようなゲームと思われがちだが、ルール以外にも違う点は多い。そこで、将棋から最初にはじめたプレイヤーの一人として、現時点の実力で感じたり考えたりした点を示したい。なお、私は将棋もチェスも(できれば囲碁も?)プレイヤーとして強くなりたいと思っている。日本にいることを最大限に生かした楽しみ方をしたい。

 最近は日本チェス連盟や各クラブの尽力もあってかチェスをする場が増えつつあるものの、日本でメジャーな将棋や囲碁にまず触れるという人が多いのも事実である(Giriも日本のマスターとの同時対局の際にこの点を指摘していたと思う)。将棋や囲碁出身プレイヤーは、先を読む技術は備わっているため、この部分をチェスで使うことができる。チェスでいうカリキュレーションやタクティクスの一部に対応する部分だろう。

 ただ、あくまでチェスはチェスである。チェスというゲームが有するこれらのゲームとの違いを認識した上でプレイする方が強くなるはずである。私のようなアマチュアで両方楽しむプレイヤーが増えることで、チェスの人口も相対的に増えれば良いと願う。

 どの競技でも、のんびりと楽しみたい派の人や交流の一環としてという人もいると思うが、以下の内容では強くなりたい人に向けて(自戒も含めて)、主に将棋との対比で現状理解していることを記したい。私は、将棋は奨励会にいたこともないし、チェスもマスタークラスの強いプレイヤーではない。記載内容につき当たり前と思う方もいるかもしれないが、考える契機になればと思う。

 

盤上1 持ち駒制度による差異

(1)持ち駒の有無

 そんなの当然だと思うかもしれないが、改めて確認したい。将棋は相手の駒を取ったとき、持ち駒として使うことができる。したがって、銀が最初は自分の駒だったがそのあとに相手の駒、そのあとにさらに自分の駒のように、一局の間に双方を何度も行き来する駒もある。

 一方、チェスではプロモーションという観点は除いて、駒は減る一方である。タクティクスにおいても、将棋は取った駒を持ち駒としたラインで構成することができるが、チェスは盤上の駒でそれを構成しなければならない。

(2)チェスの駒のダイナミックさ

 他方、チェスの駒は駒自体が非常にダイナミックな動きをする。持ち駒がないことにより、将棋では合い駒で容易に受かりそうな単純なチェックやスレットが妙に受けにくいことがある(バックランクメイトが典型だろう)。

 他競技で培った「受かりそう」、「攻めきれそう」の感覚は絶対に大事だが、それを過信せず、まずは読みで裏付けることを積み重ねる必要があるだろう。この部分に関しては、純粋にその部分を基礎から学ぶ直すか、日々のトレーニングで様々なチェスのスレットに頭を適応(ギアチェンジ)させることで一層のパフォーマンスが期待できると思う。

(3)私見

 これに関連し、私の経験としては、将棋の「攻めきれそう」よりチェスの「攻めきれそう」は厳格に評価する必要があると考えている。どの競技でも時間がなく読み切れない状況はどうしても生じるが、そこで「わからん!えいっ!」と攻めに突っ込むケースにおいて、将棋での成功率よりチェスでの成功率は低い(当社比)。

 

盤上2 チェス盤の色の意識

(1)ビショップに関する色

 将棋では角は打ち直すことができ、筋違い角などが可能である。しかし、それぞれのビショップは最初にいるマスの色しか動くことができない。このことの重要性を看過しがちである。

 私自身、以前はビショップもナイトも3点じゃん!で特段考えずにザクザク交換して駒損してないけどストラテジー負けみたいなのをたくさんやっていた(今思うと胃が痛い)。白マスビショップを無策に交換して白マスをアウトポストにされたり、そのマスにいる弱いポーンを狙われて徐々に動きづらくなったりして、明確な駒損はしていないのに負ける。これが大きな違いであり、チェスの面白いところでもある。

 私見だが、全く別ゲームだという前提であえて喩えるなら、ビショップは駒の動きは角だが、将棋における飛車みたいなものだと思っている。将棋の序盤で飛車角交換をすることもあるが、そのとき代償がないか等の読みを入れると思う。なぜなら二枚飛車がウルトラ強いから。ビショップペアもそんなイメージ。そういうイメージで、ビショップとナイトの交換は、特定の定跡などで自動化されている部分を除き、少なくともノータイムで指さないようにした。

(2)ポーンストラクチャーに関する色

 次にポーンストラクチャーの観点。わかりやすいのはフィアンケットしたキングサイドの構造だろう。フィアンケット構造はそのビショップがいるとシナジー効果で強い。ビショップが残っているフィアンケットの状態は、上記と同様にあえて喩えるならば、石田流(本組み)で飛車の斜め前を桂馬などの他の駒の効きでカバーしている状態に近い。フィアンケットを構成していたビショップがいなくなると、ビショップが守っていた色のマスは容易にホール(弱点)になる。

 この点に関し、私が取り組んだのは、恥を惜しまずに入門書や初級者向けの動画などを観なおし、チェスにおけるマスの色について再認識し、その上でブリッツやトレーニングをするようにした。本あるいはマスターの棋譜を観る際も、時折、色の意識をもって観るようにした。遠回りかもしれないが、ここらへんのチェスの原理ともいうべき部分は、きっと高レート帯の人でも程度の差はあれど悩んでいるところだと思う(ビショップペアを手放して将来大丈夫かなど)。したがって、長期的目線で地道な学び直しと思い、行った。今も正直わからないことばかりだが、これを始める前よりは思考の精度は向上していると感じる。

盤上3 マヌーバーに対する考え方

(1)チェスのマヌーバー

 チェスで頻繁に生じるスキルはマヌーバリングだと思う。これは上述した駒の動きのダイナミックさに由来するものだろう。ストラクチャーにもよるものの、ポーンとキングを除き、3手程度で端から端まで行き来できる。その分、どこに何を置くかという駒の配置に繊細な判断を要する。クローズドのルイ・ロペスはその典型だろう。

(2)将棋でのマヌーバー

 このような状況は将棋でもないわけではない。地下鉄飛車のようなダイナミックな戦法は別としても、現代角換わりや現代相掛かりの序盤では攻守一体となっている陣形もあり、最適な配置及び手番に向けて玉・飛車・銀を(チェスでいう)トライアンギュレーションする手筋もある。

 ただし、定跡として定着している部分はあれど、マヌーバーのスキル自体を上げるというようなことは稀である。おそらくだが、攻めで使ってる銀交換して囲いに近くに打ち直した方が早くない?というような持ち駒でリカバリーできるケースも多いからだろう。

(3)経験談

 私はマヌーバーに関して、そのままチェスに汎用できるほどの頭脳はなかったので、ここでもチェスならではのマヌーバリングを一定の定跡やマスターの棋譜から純粋に学ぶことにした。特にイタリアン(ジョーコピアーノ系統)やルイ・ロペスのじっくりしたものは勉強になったと思う。思い返すと、マヌーバーという選択肢に対する意識が低かったころは、ポーン損しても正面突破!みたいな無理攻めが多かったように思う。

 

盤外1 種々の棋譜の活用

(1)学習面

 アマチュア将棋では大きな大会で勝ち上がったりしない限り、その場で採譜する(される)ことはない。高段レベルであれば、4局くらいの大会であれば帰ってからでも全部再現できることもあるが、少なくとも10年前の棋譜と比較すると…みたいなケースはアマチュアではほぼない。

 一方、チェスは非マスターレベルでも一定の持ち時間であれば、自分での採譜は義務である。したがって、自分の棋譜がどんどん貯まっていく。しかも時間も棋譜用紙に書くことが許されている(※FIDEのルールに棋譜用紙に書いてよい事項は記載されているため、気になる人は調べてみてください)。

 これを活用しない手はない。改めて検討や解析するもよし、自己分析して武器や弱点を把握するもよし、とりあえずコレクションしておいて使いたいときに使うもよし。

(2)対策面

 関連して、チェスで「プレパレーション」が根付いているのは採譜の文化が一因であろう。つまり、自分も相手も棋譜をとり、場合によっては大会サイドから公開されるため、棋譜が残り、準備をしやすい(&されやすい)のである。

 将棋や囲碁においては、県予選を抜けるには絶対に当たるであろう有名な強豪とかがいない限り、基本的には行き当たりばったりでキャラ対策などをするコストが見合いにくい。この点については好みが分かれるところだろうが、個人的には、アマチュアレベルでも人間的な戦略勝負をしやすいと思うので、チェスという競技の好きな一面だ。

盤外2 タイムコントロール

(1)将棋の持ち時間

 逆に将棋をやっている人にとって負担が減る点ないしメリットもある。特にリアル(OTB)チェス大会においては、持ち時間がその一つだと思う。なお、最近はAbemaトーナメントや王手対局サイトでのフィッシャールール採用の影響で、将棋界でもフィッシャールールへの知名度が高まっている(公式戦ではまだ存在しない)。

 将棋の秒読み制度では、相手の持ち時間に考えることができる点は別として、自分の時間を30秒や60秒から増やすことはできない。切迫した時点で、最大で連続して思考可能な時間は上限がある。

(2)チェスの持ち時間

 しかし、チェスでは上記のフィッシャールールが常である、強制手の連続やドローにならない程度の同一局面ムーブにより終盤に持ち時間をためることができる(時間が『復活』しうる)。

 さらに、日本ではマスタークラスとアマが混然一体となってプレイする大会が多く、持ち時間もアマチュア将棋に比べると格段に長い。スタンダード(例えば、40分+1手30秒など)のような長さは、アマ将棋界では中々経験できないレベルの長さで、じっくり考えることができる。クラシカルのFIDE戦に出て、こんなに考えていいんだと筆者は感動した。早指しが苦手な人でも十分に考えて楽しむことができるだろう。

 また、アマ将棋勢は30秒将棋に慣れているだろうから、そこの肌感覚を養っている人はこれを活かせるかもしれない。筆者も30秒将棋や10秒将棋をバンバンやっていたので、頭の中で残り5秒くらいになると「ピー」チェスクロックの音や将棋倶楽部24の効果音が鳴りそうな感覚がある。その影響もあってか、「あれ、今何秒だ!?」みたいに確認する回数は結構少ない気がする。逆に、チェスからはじめた方やチェスのみプレイしている方にとっては、時計が無音であることが常だろうから、ここのおおまかな時間感覚は将棋(や囲碁)で鍛えるのもありかもしれない(チェス以外もやってみたい方)。

・さいごに

 以前に、チェスと将棋は別ゲーという話がSNSで話題になっていたため、書き溜めていたものの公開するには少し勇気が必要だった。不正確と思われかねない喩えかもしれないが、わざわざこの文章を読んでいるような方は、他者の文章を鵜呑みにするような方ではないだろうから、「これは違くない?」とか「ここはわかるけどやり方が微妙な気がする」等、自己のトレーニング方法などを考える契機になれば幸いだ。私自身も、将来この文章をみて疑問に思うことができるように、実力向上を目指したい。