思考錯誤

細かいことを気にしてしまう

将棋及びチェスに通底する思考・差異の考察

0.契機

 将棋とチェスのいずれかを覚えてある程度上達した人が、もう一方にチェレンジすることは少なくない。筆者もその一人である。いずれも起源をたどれば同じゲームであるというのが通説である一方、駒の動きや再利用の可否といった違いも大きい。どちらかをすでに勉強している人は、その見識や思考法をもう一方に生かし、より理解を深めることができるのではないかと思い、この記事を書いてみる。いずれも入門書に書いてあることだけでは難しい用語もあるかもしれないが、余裕のあるときに図などを足せればと思う。

 なお、筆者は将棋は一介のアマチュアであるし、チェスも高レートではない。ゆえに、それぞれあるいは両方が専門の方にとっては、物足りないと思う。そのような方は、両方やっている1プレーヤーの考えとしてぜひ批判的に読んで頂きたい。

 

第1 一局の流れ

将棋では「序盤」・「中盤」・「終盤」、チェスでは「オープニング」・「ミドルゲーム」・「エンドゲーム」に大きくは分かれている。ただし、必ずしも考えるポイントは対応関係にはない。

 

第2 序盤・オープニング

【共通点の例】

・スタート時点より駒の働きを良くする

・玉やキングを安全な場所へ移動させる(激しい急戦は除く)

 ※いずれも戦いの準備である

【差異の例】

・駒の動きの違いに対応し、チェスはすぐに駒が次々にぶつかりあう定跡が多い

・弱い駒を用いた捨て駒に対する評価が異なる(将棋の方が捨てやすい)

・将棋は「囲い」という主に金銀を用いた要塞、守りを作る

 

1.オープン

(1)オープンとは

 最近は部分的に将棋でも登場してきたのが、「角道オープン(振り飛車)」の用語である。これはチェスの「オープンファイル」の「オープン」に近い概念だと思われる。ざっくり言うならいずれも駒の活動範囲が広く(角やビショップ・ルック等が自分の歩・ポーンに遮られていない)、もし対面した駒どうしが存在すれば取り合うことが可能な状態である。典型的に以下の視点では、角やビショップが向かいあった状態を想定する。

(2)チェスのオープンの視点の一例

 しかし、将棋は持ち駒にでき、チェスは取った駒は使えない。これに伴い、チェスにおいては、黒マスと白マスのいずれをどちらが支配しているかが重要になる(将棋でたとえるなら、後発的な「筋違い角」という概念は存在しない)。つまり、「オープン」であることの緊張感は、ビショップ交換をすると交換した色のマスをカバーしにくくなり、後に引けないということにもある。チェスでは、黒マスや白マスへの効きが盤上から減ることにより、進んできた駒を追い返せなくなる・駒が減ったエンドゲームでとられないかといった視点が必要である。

(3)将棋のオープンの視点の一例

 一方、将棋の場合は、持ち駒はどこへでも打てるから、陣形(特に自陣)の隙をつかれないようなバランス感覚が重視される。つまり、交換できる状態になっていること自体が、直ちに陣形に制約を与えている。さらに、打ち直すことができるし、角が馬になれば筋違いにもな行くことができる(極端に言えば色々やりなおせる、ビショップは「成る」ことができない)。このように、ひとくちにオープンといっても、双方の視点は異なっていることに注意する必要がある。

 

2.将棋の序盤とチェスのエンドゲームとの間の共通性

(1)手渡しと将棋

 使える駒を筆頭に全然違うと思っていても、似ている点がある。それはパスができないルールに起因した、手渡しである。将棋では、特に角換わりにおいて、一手でいける場所にあえて二手かけていく動きがよくある(金や下段飛車の動き)。この趣旨は、相手の形が最善でないタイミングを計って攻めようというものである。一方、終盤では手渡しをする場面は少ない。色々な駒が玉に迫り、持ち駒も増えて相対的に手段が増えるゆえ、端的に言うならそんな暇がないためである。

(2)手渡しとチェス

 一方、チェスの手渡しは主に(ポーン)エンディングの技としてよく見る。例えば、「トライアンギュレーション」というキングの動きである。これも一手でいけるところにあえて二手でいく手筋である。この趣旨は、チェスでは駒が少なくなったエンディングにおいて、クイーンに昇格しうるポーンを取られないように、あるいは進むことができるように、相手のキング等に呼応した動きをするものである。また、チェスには自分が動くと損する(=パスが最善だができない)状態として「ツークツワンク」がある。これを利用した手筋みたいなのも見かける。これは、将棋と異なり、盤上のダイナミックさが小さくなっていくことが多いため生じている(クイーンエンディングは違う気がするが…)。

 このように、場面は全く違うものの、将棋の序盤のスキルとチェスのエンディングのスキルは通底する部分がある。全く別のゲームといっても、いずれかをやっているともう片方の上達が早いのは、単なる「読み」だけでなく、こういうところにもあるのだろう。

 

第3 中盤・ミドルゲーム

1.組み換え

 中盤は、序盤及び終盤を全体から控除した部分とする。駒がぶつかっているか等、定跡やオープニングによる(明確に定義はむずかしいと筆者は思う)。ここは共通項をあげる。チェス用語の「マヌーバリング」がわかりやすい。将棋だと陣形の組み換えとか(舟囲いから左美濃など)、大駒であれば「(角・飛の)転換」という言い方をする。いずれも、相手の陣形との関係で、より駒の働きが良くなる(=攻めやすくなる、守りやすくなる)場所へ駒を移動させることである。

 

2.手筋とタクティクスについて

 将棋の「手筋」は「その形における部分的なセオリー」である(日本将棋用語事典から引用)。各駒ごとに分類されていることが多い(羽生の法則シリーズなど)。チェスでは「タクティクス」の一部がこれに共通する部分である。将棋をある程度やってからチェスをやる人は、おそらくタクティクスは得意だと思われる。ただし、持ち駒を使うものではなくポーンであっても代償が大きいことが多い。ゆえに、水面下の変化としてが多く、将棋ほどは決まらない印象だ。将棋からチェスをやる人は狙いすぎに注意な気がします(経験談)。

 なお、「にらみ」の一種が「ピン」(ピン留めのピン)と表現されるように、同じ現象を別の視点から説明する場合もあるため、指導者の参考にもなるかもれしれない。

 

3.大局観とストラテジー

 チェスでは駒が動くスペースをより重視していると思える(場の支配の一種)。将棋でもこの考えは一部で用いられており、森内先生の「戦いの絶対感覚」(河出書房)においても、チェスの考えに言及されている。将棋では「(大)模様」が対応する用語かもしれない。

 対抗型における玉頭位取りがこの考えを軸にした戦法であろう。また、最近は金を前線に繰り出す将棋が以前より増えてきたため、金の使い方を考えるにおいても、この考えが役に立ちうる。

 

4.isolated,connected

 チェスにおいては、主にポーンどうしの繋がりを示す用語として、isolatedとconnectedがある。将棋と異なり、ポーンの進行方向は前でも、取るときの効きは斜めゆえである。ポーンどうしがチェーンのようにしている構造は、もとの部分を引っこ抜かない限り、タダで取ることができない。

 これと完全に対応するものではないが、片美濃囲い・銀冠・横歩取り松尾流・エルモ囲いなどでは、金銀が相互に結びついている形が堅いことが前提となっている。駒どうしの連結の強さの評価である。いままで評価の前提となっていたものが、だんだんとそれを前面に出した戦術として顕在化しているように思える。例えば、角換わりの変化で3四銀+2三金の形が直ちに悪いといえないケースが増えたこともこの影響ではないか。